代表夫婦のご挨拶

こんにちは、弊社代表夫婦の、野上昭治(アキハル)と野上倫加(ミチカ)です。
弊社にご興味をお持ち頂き、ありがとうございます。
少しばかり、自己紹介をさせていただきます。
わたしたち夫婦は1989年に結婚、当時二人とも、医者から治らないと言われた病気持ちでした。
二人は生活改善を実施、数年後、すっかり健康体になっていました。
病気治癒に大きく寄与したのが食生活改善で、当時まだ珍しかった無農薬有機栽培の野菜を宅配で取り寄せていました。それでも作物品質は低く、高品質農作物の自給自足を目指し、1999年、当地に新規就農しました。
(就農後の2006年、食品成分表を用い表から読み取れない栄養成分の低下を試算しています。資料室からご覧ください。)
数年後、驚くほど良質な野菜作りが叶います。
弊社の野菜を食べるのが止まらなくなった人、翌日体調が良くなった人、同じ種類のお浸しが弊社の野菜は驚く美味しさなのに、向かいの土地で採取したものは吐いてしまうほど汚染味がする、など、驚異的な体験を重ねました。
こうして確立した農業技術と病気回復ノウハウを提供するために、2006年に設立したのが弊社です。
当時の提供事業は農業技術と健康ノウハウだけでしたが、間もなく環境汚染を浄化していることが判明、しかも、人体にも植物にも土壌やその他の環境にも、共通の方法で同じように有効作用することがわかりました。
2010年、科学的エビデンスを得ようと栃木県産学官連携窓口へ相談しますが、理解できる大学や研究者がどこにもいないと告げられます。
途方に暮れた翌年、福島第一原子力発電所の災害事故が発生しました。この事故により弊社は、通常なら絶対に体験し得ない中性子による放射能の扱いを、思う存分、試す機会に恵まれました。
そしてこの扱いから弊社技術が、量子レベルのコントロールだったことがわかりました。
同時に、弊社が体験して得た量子概念と、原子力技術の量子概念に、多大な認識の違いがあることも明確になりました。
以後、独自に量子の実態を模索し続け、今に至ります。
近代科学に迎合すること無く、独自の量子作用論に傾倒した要因には、種々の事情があります。
ひとつは、近代科学界からほぼ100%の確率で拒絶を受け続け、単独で研究を進めるしかなかった環境があったことです。
もうひとつは、奇跡的な出会いや体験を、幾つも得たことです。
例えば、世界中にたったひとつしか存在しない鉱物資源を手にしたことや、それを産出する鉱山を経営した経験、原子組成は同じなのに結晶構造の違いだけで全く違う現象を起こす鉱物との出会い、またこれらに関わる情報が別の所から舞い込むなど、通常なら考えられないような奇遇な出会いが、幾つもありました。
原発事故も然りで、この事故が無ければ弊社は、量子作用に永遠に気づけなかったでしょう。
不思議な体験の数々から次第に弊社は、自然界から得た知識を世の中に提供すべき役割が架せられてるのではないか、そんなことを考えるようになりました。そして今年、宇宙2元波理論を見いだし、いよいよその思いは大きくなりました。
こうして2026年3月、量子生態学・技術開発事業を計画、6月には一次事業(step1)計画を策定、step1事業を開始いたしました。
今後は、弊社が自然界から得た知識や知恵の全てを、日本中の皆様にご提供する事業へと邁進します。
弊社事業に参加された皆様には、ご提供した知識や知恵を応用頂き、地球を救う技術確立や製品サービス開発を実現して頂きたいと思います。
そして皆様が実現した自然摂理に沿う技術製品を、皆様ご自身で世界中へ提供していただき、これに対する成果を皆様に得て頂きたいと思います。この活動を通し世界が平和になり、全ての人々が幸福に満ちた社会が実現することを、ご一緒に目指したい所存です。
2026年、野上昭治は92才、野上倫加71才になります。
地球を蘇生再生するためにもう少し二人で頑張りますので、共に歩みを進めてくださる方々の参加を、心より、お待ち申し上げます。
野上昭治
野上倫加
会社概要
| 社名 | 株式会社ソウルリバースバンキング |
|---|---|
| 設立 | 2006年7月14日 |
| 役員 | 取締役会長 野上昭治 代表取締役社長 野上倫加(導子) |
| 住所 | 〒323-1105 栃木県栃木市藤岡町甲1687-1 | 電話番号 | 0282-61-1161 |
| 自社農場 | 〒323-1105 栃木県栃木市藤岡町太田元屋敷879-1その他 |
野上昭治プロフィール
1934年8月11日 北海道生まれ
・1950年:栗山高校より夕張北校編入、体育教師中孝先生(法政大学空手部3段、北海道の熊と呼ばれた)と出会う
・1953年:北海道で株式会社岩倉組山林部入社、1958年退職
・1959年:空手家・中山正敏先生を保証人に拓殖大学入学、中山先生から直接空手道を学び、1963年第61期卒業
後に空手家・伊藤公夫先生と長きにわたり公私交流する
・1963年:希心会にて法華経と出会い先祖供養を開始、1976年脱会(現在は特定の宗教団体と関係はありません)
脱会後は単独修行者に転身
・1960年代~:共英フェンス(後の日鉄フェンス)を出光の石油備蓄施設や高速道路へ初めて導入するきっかけを作りフェンス活用時代の基礎を作る
・1970年代:ビルの配管防錆事業を全国展開
・1980年代:ダムの神様・北松友義から鉱山事業を託され現社名株式会社田子鞍産業代表就任、株式会社ノガミ工業にて世界唯一の鉱物資源の研究開発開始、2011年の原発事故直後の量子生態学提唱間もなくこの鉱物が原子転換途中と判明、顕微鏡観察等から鉱物代謝現象論へと繋がる
・1999年:のがみ農場場主
現職:株式会社ソウルリバースバンキング取締役会長
社)日本防錆技術協会防錆管理士第402号
財)全日本剣道連盟居合道5段
神心流吟士 吟士名:野上秀曲
野上倫加プロフィール
1955年10月06日 栃木県まれ
栃木県宇都宮市立峰小学校卒業(S43)
栃木県宇都宮市立陽東中学校卒業(S46)
栃木県立宇都宮女子高等学校卒業(S49)
インテリアセンタースクール(現ICSカレッジオブアーツ)卒業(S51)
株式会社東光園(S52~S57)
株式会社第一造園設計事務所(S59~H1)
株式会社ノガミ工業取締役(H2~H18)
財)大田区公園緑地振興公社理事(H8~H14)
NPO法人 大田花とみどりのまちづくり理事長(H15~H18)
現職:株式会社ソウルリバースバンキング代表取締役
1級造園施工管理技士
採石業務管理者
健康管理士上級指導員
健康管理能力検定1級
専門:公園緑地計画及び景観デザイン
■作品等
・栃木県氏家町(現さくら市)庁舎外構実施設計
・栃木県氏家町(現さくら市)総合公園実施設計
・栃木県産業展示館(マロニエプラザ)外構実施設計
・東京都多摩市中沢池公園実施設計(H1)
・福島県いわき市走熊公園実施設計(H3)
・狭山市下川原土地区画整理事業基本構想策定(H3)
・宮城県名取市東北電力名取スポーツパーク公園緑地エリア設計施工(H6)
・東京都八王子市城山手地区街並み及び各住戸ファサードアイテムデザイン(H5)
・滋賀県琵琶湖水質浄化センター(biyoセンター)多自然型水路実施設計(H7)
・埼玉県秩父市大滝ダム及び雷電廿六木橋周辺サイン計画施工(H9)
・山梨県双葉鳥ケ池ニュータウンコンペ参加企業体公園緑地エリア計画(H10)
・小田原市飯泉土地区画整理事業計画提案書作成(H10)
・高根町福祉村計画提案書作成(H11)
・東京大学田無キャンパス跡地利用提案(H11)
・東京都港区白金公園実施設計(H14)
その他
年次に多少ズレがありかもしれません
■著書
ヒューマンバイブル(H17)
量子生態学(R4)
意識を持つ原子たちネクサス・AIが人間に変わる日(R5)
量子生態学・遺伝子前駆分子論によるmRNAワクチンレポート(R5)
